“モダン建築に動物が呼び込むバロック性” [樋口ヒロユキ] 2/3

 一般にモダン建築は、機能性と量産性を特徴とし、『ロンシャンの礼拝堂』のような例外的作品を除けば、 曲線や曲面というものを嫌う。ましてや多孔質の遊戯性を備えた構造や、螺旋階段のような構造とは、モダニズムは相容れない。 こうした多孔性、遊戯性、螺旋性を好むのは、一般にバロック建築である。 つまり廣瀬の建築は、モダンで質朴な外見とは裏腹に、きわめてバロック的な内部構造を孕んでいるわけだ。 では、廣瀬がモダニズム建築のなかに、バロック的な遊戯性を呼び込んだのはなぜか。その理由は、動物にある。
 実は廣瀬は動物行動学、なかでもペットの生態に通暁した建築家であり、 彼の設計する建築には、ペットの問題行動を防ぐための構造が盛り込まれている。 柱に巻き付けられた荒縄は、猫が爪を研ぐためのものであり、 空中回廊や螺旋階段は、猫が通行するためのハイウェイなのである。
 フスマでなく格子戸を採用し、壁や天井に不規則に開口部を開けているのも、 ペットの心理に配慮したものだ。彼らは室内空間に閉じ込められると、 閉所恐怖によるストレスを受け、しばしば問題行動を起こす。いたるところに穿たれた窓も、 こうしたストレスを防ぐためのものだ。
 廣瀬建築のバロック的遊戯性は、ペットという動物に不可欠な遊戯性を組み込んだ結果、 必然的に生まれてきたものである。こうした動物行動学に基づいたデザインを、 廣瀬はファウナ・プラス・デザインと名づける。 人間の論理だけでなく、そこに動物の視点を持ち込み、 両者の論理の折衷によって設計される建築、というほどの意味である。
 動物という生き物は、人間の定めた合理的行動の枠内には、決して収まっては生活してくれない。 そんな彼らと共生するために、必然的に呼び込まれたバロック性、それが廣瀬の建築を規定する法則である。 「住むための機械」というモダニズムの公準を守りながらも、豊かな遊戯性をたたえた彼の建築は、 巧まざるポストモダニズム建築なのである。
 一般にポストモダニズム建築と言えば、すぐさま思い出されるのは、歴史参照性に基づく装飾である。 だが廣瀬の建築には、建築家の恣意によって呼び込まれた、そうした装飾は存在しない。 根拠薄弱な過剰装飾とはいっさい無縁。にも関わらずバロック的な遊戯性を孕む、それが廣瀬の建築なのである。
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廣瀬慶二 ドミニック・ヤング 樋口ヒロユキ BLOG